院長の生い立ち 研修医編(その2)

2022年04月23日

2003年4月に大阪医科大学 第二内科へ入局、オリエンテーションなどを終えて、ゴールデンウィーク明けからいよいよ本格的に研修医としての日常が始まりました。

 

ピカピカの白衣(ケーシー)に身を包んだ私。病棟医長の先生に連れられて、不安と緊張と期待が入り交じった気持ちで、メイン病棟の看護師長さんに挨拶をします。師長さんはそれはにこやかに「よろしくお願いしますね~」と我々を迎えてくれて、私は「優しそうな師長さんで良かった」と胸をなで下ろしたのですが、それが偽りの笑顔だったと気づくのにそう時間はかかりませんでした…

 

余談ですが、ケーシー型の白衣というのがあります。これはアメリカで放映されていた医療ドラマで脳外科医の主人公「ベン・ケーシー」がこのタイプを着用していたことから「ケーシー」と呼ばれるようになったそうです。下の写真で我々が着ているのがそうです。動きやすい割にフォーマルに見えるので、特に内科系の若手はよく着ます。理容師さんの制服が原型だそうで、そういえば理容師さんはかつて外科医でもありましたから、理にかなっていますね。散髪屋さんのクルクル回る赤、青、白のサインは、動脈と静脈と包帯を表しているって知っていました?(諸説あり)

医局で先輩の先生方と (プライバシー保護のため一部加工しています)

話が少し脱線しましたが、かつて大学病院では研修医がやらねばならない仕事、その名もデューティ(Duty=義務)がありました。

例えば「ルート確保」。

「ルート」というのは業界用語で点滴のチューブのことで、点滴をするには、点滴ボトルにつなげたチューブを患者さんの血管に刺した針に接続しなければなりませんが、この点滴針を患者さんに留置する処置のことを「ルート確保」と呼びます。「点滴係」当番の日は朝から何カ所も病棟を回って、点滴が必要な患者さんに針を刺しまくるのですが、長年にわたり抗癌剤治療をされている方などは血管が痛んで非常に細くもろくなっており、まさに研修医泣かせです。最初の頃は何度も失敗して、汗をかきながら「ごめんなさい、もう1回やらせてください」と何度も刺しなおすことになり、患者さんに痛い思いをさせてしまいました。でも優しい方は、「ええよ、ええよ練習や、何回でも刺し」と涙が出るようなお声をかけてくださり、そのおかげもあって、半年もすれば先輩方と同じように、見えない血管にも手触りだけの心眼で一発で針を入れられるようになり、患者さんに育てられるとはまさにこのことだろうと思います。当時の患者さんたちには感謝しかありません。

 

点滴係で忘れられないのは、ある特等室に入院されていた患者さんです。その病室の前には身長190cmはあろうかという大男が2人、つねに仁王立ちしており、訪室の際にはかならず「お疲れ様っス!」と挨拶をしてくれます。そして部屋に入ると、眼光するどいおじさんが、「おお先生、ここに一発やぞ!」と色鮮やかな腕を差し出してくるのです。もうお分かりですよね。そうです、○長さんです。ただでさえ見にくい血管が、竜のうろこに隠れて余計に見にくい…。そして突然頭の中で流れ出す当時のヒット曲、中島みゆきの「銀の竜の背に乗って」♪

いや、この竜には乗りたないわ…。

どれだけ刺すのがうまくなってもこのときだけは緊張しました。でも、ふと見上げると○長さんは目をぎゅっとつぶっていてちょっとなごむんですけど。首尾良く一発で仕留めて、部屋を出るときの達成感は格別でした。どや顔で大男たちに「お疲れ様です~」と言いながら。

ちなみに今では抗癌剤以外の点滴ルートは看護師さんがやってくれるようになっています。

 

外来診察や検査ができない研修医たちにとって、最初の試練は病棟業務です。とは言っても診療行為ではありません。それは病棟の看護師さんたちとの戦い。いや戦いというよりは洗礼に近いでしょうか。

当時、大学病院はまだ紙カルテの全盛期で、今のように離れた場所からでも電子カルテ上ですべてが完結するシステムではありませんでした。よって看護師さんたちとの公式な意思疎通は、病棟で直接紙カルテを介してやらなければなりません。「病棟指示」というものがあり、これは、患者さんに対してやりたい医療行為、例えば点滴や投薬、検査の予定などを、医師から看護師へ伝える方法、のことです。私の大学病院では、その病棟指示を出せる時間が14時までと厳格に決まっていました。駆け出しの頃は手際が悪いので、何をするにも時間がかかります。前述のデューティをこなして息つく間もなく病棟へ戻り、患者さんの状態や血液検査の結果を指導医に報告して(時に外勤先に電話で)指示を仰ぎ、その指示をいざ出そうと思うともう14時を回っていた、なんてザラです。14時を回るとどうなるか? 「あの~」と恐る恐るその日のリーダー看護師さんに指示を出そうとすると、チラっとこちらを一瞥、時計に目線をやり、「・・・。」

はい、終了です。

その場に立ち尽くす私をみかねて、優しい別の看護師さんが、「先生、見といてあげるからその辺にそっと置いとき!」

私は心の中で天使様に手を合わせるのでした。

 

急な点滴や輸血、検査依頼の対応も研修医の役目です。前日までに依頼している点滴は、病棟の補助スタッフさんが薬局から病棟まで薬剤を上げてくれるのですが、当日緊急分は研修医が取りにいかなくてはなりません。看護師さんから命令が出るやいなや、「はい、ただいま!」とダッシュで地下1階の薬局や、数100m離れた輸血室まで製剤を取りに走る。それを1日に何往復もやるわけです。緊急検査を放射線技師さんにお願いに行くと、ただでさえ検査が混んでいるので、たいがい嫌な顔をされます。そんなときはいつも、医局のめっちゃ怖い先生の名前を出して、「○○先生からの指示です~」と言えば、舌打ちしながら許してくれました。こういうとき、上司にジャイアンがいるスネオ研修医は強いです。

 

師長さんにもよく怒られました。当たり前ですが、特に患者さんに迷惑がかかるようなミスにはとても厳しかったです。初対面の時の笑顔はどこへやら、研修医たちは「鬼」呼ばわりして恐れていましたが、一方で一生懸命やっていると褒めてくれたりもして、振り返ればどこか「お母さん」のような存在だったような気がします。後年、私が出向していた関連病院へわざわざ内視鏡検査を受けに来てくれた時は、一人前と認めてもらえたようでとても嬉しかったですね。それからはご無沙汰してしまっているのですが、H師長さん、お元気にされているでしょうか。

 

研修医時代の苦労話は語り出すと止まりません。まだまだありますが、続きはまた次回ということで。 <つづく>


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